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NS01の店頭POPが

10年は色々無理だろ、大きく出たなー。
 ハハハ面白い冗談だな!と突っ込みつつお買い上げ。10年は無理でしょ。

 機種固有ではない不満にはもう目をつむるとして、実際に使ってみないとわからない類の隠れ不満点は今のところ特に見当たらず、個人的には概ね満足よ。
 …のだけど、XI[sai]が未対応なのは超がっかり。うう、楽しみにしてたのに。

 いやその、アプリはさほど重視してこなかったので深く見てなかったんだけどね、BREWのバージョンでアプリの互換とれてるわけじゃなかったのか、っていう。なんじゃそら。
 バージョンが合ってるからっつうて大いに糠喜びしちゃったじゃない。何のためのBREWだよ!っていうツッコミは合ってます?それとも糠喜びした私が阿呆なん?

 対応機種一覧から想像するに、今後NS01に対応するってことはなさそう。しょぼーん。

【090802追記】久々にXI公式サイトに行ってみたら対応機種一気に増えてた!NS01に対応してた!嬉々として速攻ダウンロードしたよ。がっかりとか言ってごめん。

我慢ギリギリです

au09秋モデル全滅っす
 奇抜で楽し「げ」なアプリやギミックやお茶濁し外装には軽く殺意を覚える。それをデザインと言ってしまうのかよ!かよ!いつまでお祭り気分続けるつもりだくそったれ。

 古い機種使ってる所為かガジェット類に疎いキャラってことになってしまってる私だが、実は本気ツボなケータイが出たら10万くらいはポーンと出す気概で虎視眈々と吟味しまくりなのだった。古い機種のまま買い換えないのはそんなわけ。
 本気のデザインは売れなくなってきた時の戦略的隠し玉よな?業界自体のいかんともしがたい事情っつうか要はキャリアが手綱を引きまくりなのであってデザイナーさんは歯噛みしてるに違いないよ、デザインの力ってこんなもんじゃないもの。

 0円ケータイ規制交付からコンセプト起こして流通するまで、と考えると来年の春モデルが1つのタイミングよな。当然、長く使える系を出してくるっしょ。なんちゃってデザインはやめよう感は今春モデルから出始めてるので、来春モデルには期待してる。
 来春、長く使える系出なかったら携帯業界は「デザイン」とか口にするの禁止な。

 来春モデルで芽を見い出せなかったら、もう諦めてどうでもいいのを買うかウィルコムに乗り換えることにする。

 →続編

こんな携帯電話がほしい

ケータイのデザイン
 例えばこんなのはどうだ。

 いや、もう完全に好みの問題なのだけど、何が嫌って、折りたたんだ状態ではわりといい感じにひとかたまり感があっても(カタマリ好きなのだ)、開くと別パーツかよ!ひとかたまりぶってんじゃねーよ!感。トランスフォーム前と後の統一感の無さが嫌だ。それが本質的な面白さになってれば許せるのだけど…小手先の面白さはいらんのんじゃあ。
 特に、あのでっぱり(図1)が嫌だ。A部とB部の別パーツ感が際立つ。あるいは、中途半端に一体感を出そうとしてる節が見えるタイプのヒンジにはイラッとする。潔くねえ!(その点、子供向け携帯とかは潔くて好ましい)

 私が SIMPURE N(開いてもひとかたまり感がある) やフリップタイプ(あくまでも「蓋つきのひとかたまり」)に惹かれるのはその辺のことだと思うのだけど、それとは逆に、じゃあいっそ ひとかたまりぶらない、たたんでも2パーツ然としているというのはどうだろう、と思ったのでした。
 真鍮製でな、乱暴に扱ってるとヒンジが歪んできちんと合わわさらなくなったりすんの。別パーツだからな、それも楽し。使う人の性格が出るところ。ぐらんぐらんな状態でも使い続けるのが漢。

 いやまあ、図のような関節は市販品的に無茶として、その「たたんでも開いても潔く2パーツ」なヒンジを考えるのも楽しいかもなあ、なんて思った次第。A部とB部をどうつなぐ?(あるいはつながない?)
 2パーツぶるのもいくない、あくまでも「2パーツ然」。難しいけど考えるのは楽しい。

SIMPURE N

SINPURE N
 だめだ、欲しすぎるよ SIMPURE N

 私はauの人なんだけど、うっかり価格を調べてしまい新規0円じゃねえかこんちくしょうそれなら廃盤になる前に買わなきゃ!という衝動に取り憑かれてしまい。

 タダだと知ったからっつうて欲しさが増大する辺りで私の携帯への入れ込みようなぞたかが知れてるのであり諸々の手間かけてまで買うことないよ!と己を鎮めるのだけど…こういうブログを見るにつけ、携帯電話デザインが単一の道具として落ち着くことはもうないのかも、という気もしてくる。SIMPURE N、最後のチャンスかも。
 面白アイディアも楽しいけれど、質実剛健な、確かなカタチも路線の1つとして残っていってほしいんだけど、うーむむ?

 ていうか、タダなのに「買う」でいいのだろうか。カラクリの妙。

MEDIA SKIN その後

MEDIA SKIN
 これが意図されたものだったら関心してしまうが。

 例によって以下小文字。

この記事以来、漆塗り用ベースも視野に入れつつ本腰入れて携帯買い替えを検討してる私だ。で、改めて店頭で MEDIA SKIN を触ってみたら、上図のような触感。カサカサでありカチカチであり、カチカチといっても鋼鉄系の硬さではなく、干からびた鏡餅のようなカサカサ&カチカチ感。しかも、カドの塗装がべろっと禿げてていい感じに超安っぽくなってるのね、これなら好みの感じだわ~。

 店頭展示で日光に晒され触られまくった挙句のコレなのだろうが(展示開始当初はもっとぬめっとした触感(柔らかさ?)だったはず)、店頭のモックの塗装は実機と同じだろうか?それならば使い込めばこの触感になる、のか?
 黒のガサガサ感も捨てがたいが、白・オレンジのカサカサ感、特に白のどうしようもない汚さ加減(白なので汚れが目立つ/Gパンのポッケに入れてたら絶対青く染まるであろう?)がたまらない。『ブラックは「しっとり」を表現、ホワイトとオレンジは「さらっ」とした触感』とはかけ離れてしまっているのだけど、そこがワタシ的には超好み。

 「新触感」がウリらしい MEDIA SKIN、そのウリである触感がこうも変化してしまうことはデザイナーさんはもちろん織り込み済みだろうな?ていうか、デザイナーたるものそういった変化・劣化も込みで(紫外線の威力なんてのは初歩的な要素として)デザインしてるのだと思いたいし目先の触感だけで「新触感」を掲げたわけではないと思いたいが…おそらくは消費文化的日本デザイン事情の産物、っぽい。屋内系というかパッケージ系というか出荷してしまえば仕事は終わり的というか。
 ともあれ、そういった、駄目になったら捨ててくれ的デザインを、駄目になった状態であえて捨てずに使い続ける、ってのは意外と好きなのだ。上っ面が剥げ落ちれば中身の(機能の)価値だけで気持ちよく使える。それで機能しなくなってはそれこそ駄目駄目だが、日本のケータイはある程度機能し続ける。
 …あ、「SKIN」と冠してるのはそういう意味だったりして。意味論(等)に対するアンチテーゼ、壮大な皮肉。大層な皮を被せたところで、皮が剥げても変わらず使えるのんじゃあ、的な。むう、これは生成りの真鍮ケータイへの布石だな?(なワケないやい)

 よくできたスパナなどのように中・外共に駄目にならないのが理想だが、中身の新陳代謝が激しいデジタルガジェットはそうはいかないのが現実か。
 某氏よると、ケータイは「先進・成熟デザインの領域に移りつつある、とも言える」のだそうだが、デザインのチカラはこんなものじゃないと思う。SR のようなケータイが出てくる日は来るか?(スパナ等と比べるのは酷だろうけども?)


ケータイもカスタム

ケータイもカスタム
 やばい、めっちゃやってみたい。ハンズ行ってみよ。

 前記事の続き、というか、携帯談義部分を切り分けた。すんごい長くなっちゃったので照れ隠しに文字を隠してみたり。→読む

 …とかね、本来理屈屋なのでガーっと書くと長文になってしまうのだった。まあたまにはいいか。

電車内で

ペースメーカー誤作動
 携帯電話を使ってる人を指差しながらぶっ倒れる
 …というドッキリ企画はどうだろう。


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